蓮珈琲 hasu cafe 編

珈琲ロースターになって良かったこと。

何よりも一人一人のお客様と深く繋がれることです。 僕はずっとコマーシャルのフォトグラファーをしてきました。独学で始めて今年で広告業界47年 になります。あっという間でした。その間にデザインや写真、映像で関わった作品の数は数えた こともないし、数える気にもなりませんが、おそらく日本でも最も多い作家の一人になると思い ます。幸運なことに様々な広告賞も国内外を通していただきました。これらは一制作者としてほん とに嬉しいことです。自分の人生のほとんどを費やしたのですから。 一本の広告作品をつくるには、多くのスタッフとともに様々なハードルを乗り越えなくてはなりま せん。そのうちの最も大変なハードルはクライアントの説得です。クライアントはそれぞれの事情 から、クリエイティブな発展性のない表現を選びがちです。わかりやすい、即効性がある、面白 い。しかしそれらはインスタントコーヒーにもなりません。せめてドトール珈琲やスタバくらいに はと私たちは戦います。そしてたまにその甲斐あってとってもクリエイティブで美しい作品が生ま れることがあります。そんな作品は業界から大変よくできました!と褒められ、賞をいただきま す。それはすなわち、クライアントにも返っていく喜びです。 たまにですが、クライアントの担当の方から、ありがとうのメールなどをいただきます。それは やはりとっても嬉しい。そしてその作品が駅に貼られたり、テレビやネットで流れたりします と、やったと言う充実感を得られます。 しかし、そこに難しさがあるのです。僕が作ったその広告を見て幸せを感じていくれている人と 繋がることは滅多にありません。駅に貼られたポスターを立ち止まって観てくれている人と会っ たことがありません。

広告の制作者というのはいい仕事です。でも一人対一人ではない。 100グラムの珈琲を袋に詰めて手で渡す。1000円にも満たないお金をいただく。その100グラム は悩みに悩んで焼いた珈琲。「ありがとうございました」と言ってお客様と別れ際に、「この前 の珈琲ほんとに美味しかった!なので今回は友人用です」と言われてにこりと微笑んでもらえ る。これは過去の様々な広告作品からは得られなかった喜びなんです。 今日は暖かいなあ、〇〇さん、庭でお菓子と珈琲楽しんでくれているかなあと想像したりします。 それはとっても幸せなことです。人の幸せや幸福に触れられる、これが僕のロースターとしての喜 びです。なので、僕の店ではお客様一人一人の珈琲カルテを作っています。その方のお好みや販売 した豆の履歴などを細かく記録して、リピートされた時に僕の方はリピートにならないように。 どこまで続けられるかわかりませんが、一人対一人が基本でありたい。